世界はいつしかなんにもなくなってしまった
熔けて熔けてきれいに熔けて
天国みたいにまっさらだった

「イツカ」
イツカというのは僕の名前で
僕は15の男性で、
頭はもともと茶色くて、
先生によく怒られていた。
生まれつきだと言っても
信じてくれない人が多かったものだ
その先生達も今はもう、熔けていません

「イツカ、明日早々車がここに来るって」
「はー、熔けたのを拾いに来るの」
「そうみたい」
話しかけて来たのはモノカで、
モノカは今年の春14になる女性で
生まれつき目が悪くて
僕の通っている音楽教室の娘さんでした。
音楽教室ももう、熔けしまって、ありません。

「いっぱい熔けるねー」
さんさんと輝く太陽に、
まぶたを閉じながら僕は笑った
モノカも見えないながらに、そうだね、と笑った
「明日のいつくるの」
「あさー」
「ここで見ていようか」
「いいのかなぁ」
土手(といっても半分熔けかけてぐずぐずで、プティングみたいでした)に寝転んで
ふたりでしばらく空を見ていた、いつ早々車が来るのだろうか
ゼラチンのようになった木が、いっぽん、いっぽん、
空を遮って
それはとても透けていたので、なんとも奇妙な景色だった
海の底にいるみたいに。

「イツカもいつか熔けるのかなぁ」
モノカはこの景色が見えない、
僕は少し、悲しいような気持で
「熔けたらどーするー」
と聞いた
モノカは首を降って
「考えない」と言いった
モノカは顔を、僕の近くに置いて、見えない目でじっと僕を眺めた
「私熔けたらー、目が見えるようになるかしら」
いっぽん、熔けた木が、水を大量に流したような音を立てて、
崩れ落ちた
僕はわっと言って、しみじみそれを眺めた
モノカは目を閉じて、それに聞き入っていた
「熔けたら天国に行くのかなぁ」
なんだかこの世はまっさらだ。
地平線が見渡せるようになるなんて、
誰が考えたのでしょう
遠くの方でいっぽんいっぽん木がゆれて、家がぽつりぽつり
歩く人もぽつりぽつり
一番遠くに透明な自動車が走っている
空ばかりがなんだか広くて恐くなる

「ねぇモノカ」
「ねぇイツカ」
本当は僕等は熔けることを知っている、
愛をつぶやいた時、熔けることは始まるのだ
モノカは三回愛しているとつぶやいたから
手のほうがもう、透明で、海のようだ
僕は一度も愛をささやいたことは無い

「木も愛をつぶやいたのかしら」
モノカの透き通るような声に、
僕はなんだかもっともっと悲しくなった
もっともっと悲しくなった
「愛」の言葉にこめられた愛情分、熔けるんだ
気づいた時はもう手遅れで
人々は過去から愛をつぶやきながら熔けていった
では残っている人はみんな愛の無い人か?

「家が熔けるのはなんでだろう」
「愛に余波があるみたい、
それで熔けるみたい」
モノカは笑った
ゼラチンになったピアノの上で、ふたりで飛んだり
はねたり、あの時みたいに
よくモノカは愛を言えるなぁ、
僕は恐くて言えないよ

「モノカ」
空はだんだん紫色に染まっていった
赤い柔らかい光が、
透明になった木のすき間から
反射して、反射して、ガラスのようにきれいだった
「モノカ」
僕は何だか寂しくて、何度も何度もつぶやいていた
「どうしたの、イツカ」
「ねぇ聞いてくれ、
僕が死んだらどうなるんだろうか
天国へいくんだろうか」
「そうね」
「モノカも死んだら天国へいくの」
「そうかも」
「モノカ、死なないで」
僕の手の平がちょっと透けた僕はぶるぶる震えたけれど
震えたけれど
「モノカ」
「言っちゃだめよ、イツカ」
「ここにいよう、モノカ」
「そうね、イツカ」

しんしん、しんしん、夜が来る
満月の真っ赤な夜が来る
僕とモノカはきつくだきあい、
モノカの体温を感じながら夜を過ごす

もう何日もそうやって過ごした
モノカも僕も、ゼラチンを食べて過ごした
ゼラチンは美味しかった
木はバターパンの、土はビーフの味がした
早々車も見た、
透明で歯がいっぱいついた車だった
ゼラチンになったひとひとを、ぐいっとのせて、じゃばっとのせて、
走りさっていった

「ねぇイツカ」
「なにさ」
僕等は熔けかけた服で空を見上げながら
まだ熔けていないラッパを吹いていた
確かそんな夜だった
「イツカ、私、あんたに会えて良かったわ」
「僕だってさ」
ラッパはとてちーとたーと流れた
きれいな音だ
「私、真っ暗なところに置き去りにされたこともあったわ
目が見えないから、
母も父も私を疎ましく思っていたわ
ご飯が食べれない日もあったわ
だからイツカに逢えて良かった」
「…モノカ」
「さみしかったわ」
ラッパのなる空はどうしてこんなに悲しいのだろう
もうなにもかも熔けてしまって
あたり一面、ゼラチンでできている
ぶよぶよの足元、
遠くの遠くの深い場所で、鈍い色の赤いコアが光ってる
地球も熔けているんだ
「逢えて良かったわ」
もう一度、モノカは繰り返した
僕は勢い良くラッパを吹いた、
どうしようもない切なさとあまずっぱさと、さあ、一つの心がうずいていた
モノカ、僕も君に逢えて良かった
でも何をいっても、モノカのように、真剣になれない気がして
僕はラッパを口から放した
「モノカ、愛してる」
かぁ、かぁ、かぁ、
赤く染まった透明な鳥が鳴いている
「愛してるよ」
かぁ、かぁ、かぁ

ばっしゃんと音を立てて僕は崩れ落ちた
一瞬恐くて悲しくて愛しい、変な気持ちになった
モノカが慌てて僕をだいた
僕はモノカの手の平で熔けた
さぁ、モノカ、僕はもう恐くない
君の想いでいっぱいになってる
いっぱいになってる
モノカ、
ものか
ものか

とおめいの思考の中で
モノカが泣いていた
君を愛しているから
もう泣かなくていい
やがてモノカは
一つだけの言葉をのせた
たった一つの言葉をのせた

僕らはふたり、ひとつになって、
熔けて、熔けて、熔けて、
地球はひとつ、ひとつになって、
本当の、水になった
ゼラチンの、水になった

愛する限り愛は不滅だ
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