ある小さな路地にしおれかけた一輪の雛菊がおりました。
誰も気がつかないことでしたが
この雛菊は不老不死でもうずっと、此処で生きているのでした。
ある日雛菊の元に天子が走りよってきてこういいました。
「君はしおれかけているね」
それは奇跡に似た瞬間でした。
雛菊はずっとずっと誰かに話し掛けられることを
待っていたのです。
「私はもう何年も生きた」
雛菊はあんまりうれしくてたどたどしくしか話せませんでした。
しかし天子はとてもいい子だったので
そんな雛菊にちょっと同情しただけで、不快には思いませんでした。
「なんでしおれかけているの?」
天子は辛抱強く聞きました。
「何年も生きていて、話し掛けたのがおまえ一人だ」
雛菊はかすかにゆれながら細々と話し出しました。
あとからあとから話したいことはあふれてきたけれど、
これだけはいわなければならないことでした。
「だからしおれかけているのだ」
雛菊はもうこれでいいたいことは全部話した、とため息のように体を震わせて
首をたれました。
しかし天子は雛菊の言ったことがよくわかりませんでした。
「何でしおれかけているの?」
天子はとまどいを隠せずにもう一度尋ねました。
実は雛菊は寂しくてしおれているのでした。
それはそうですよね、
何年も話し相手もなく、咲いているだけなんて、
考えただけでもぞっとしませんか?
しかし雛菊は「寂しい」ということがとっても恥ずかしくて
天子がわかっていないのはわかったけれど、さてどういえばいいのか
と、もじもじもじもじ葉をゆらすばかりです。
そのうちに天子は―もともと頭のいい子でしたから―
雛菊が言いたくないことは「寂しい」ことだ、
と気が付いたので、
「・・・じゃぁ僕が鈴を持ってきてあげるよ」
とちょっと微笑んでいいました。
「その鈴が鳴れば、あなたも、そのう、そのう、
誰ともしゃべらなくても、しおれなくてすむと思うんだ」
「それはいい考えだ」
雛菊はいいました。
「それはいい考えだ。鈴と私はとてもいい友達になるだろう」
天子は顔いっぱいに笑顔を浮かべて
「じゃぁ僕、とってくるね!」
と走っていきました。
雛菊はわくわくしてその後姿を見送りました。
 
その日の午後、交通事故がありました。
いんしゅうんてんのトラックが、天子をはねたのです。
天子の体はぐしゃっとつぶれて、もう二度と起き上がらないように見えました。
どこに走っていくところだったのでしょうか、
とても急いでいたようだったと人々は言いました。
だから蛇行するトラックに気がつかなかったのだろうと。
天子の手には小さな鈴が硬く硬く握られていました。
 
雛菊は今でも小さなあの路地で天子の帰りを待っています。
小さな鈴の音を響かせて天子が走りよってくる日を。
奇跡に似たその瞬間を。
そして雛菊はそれをずっと信じているのです。
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