さやは別に悲鳴をあげたかったんじゃない。

小さな頃、私のうちは花火屋だった。
金や銀や七色で出来た花火の素を
大きな玉にきゅっきゅとつめる
お父さんの指が好きだった。
お父さんには指が3本しかなく
あとの2本はお父さんが言うには「花火を好きだって言うおしゃれサン」にあげたんだそうだ。
私はおしゃれサンというお父さんの尻上がりの言い方が好きだった。

花火が爆発してお父さんの体が散った時から
花火屋は閉業した。

おしゃれサンに会ったのは今年の10月のことだった。
7月の太陽がまぶしくて
アスファルトから湯気のような白いしゅーしゅーした息が立ち上っていた。
地球は全てコンクリートとアスファルトで覆われていて
息ができなくなっているのだ。
溶岩の。溶岩を噴出しながらたまにアスファルトから息を出す。

おしゃれサンは蛙だった。
正確には指を2本もった蛙だった。
私はその蛙を見た瞬間、おしゃれさんだってわかった。
「おしゃれサン」
私はそれとなく声をかけた。
「なんのことですか」
蛙はどきどきしながら目をそらした。
「私はそんな者じゃありません」
「ごまかしたってダメよ、貴方は私の父の指を2本持っているじゃない」
「げこ!!!」
おしゃれさんは大きな声で叫んだ。
私はびっくりして目をひらいた。
「こここここれを奪おうとしてもだめですからね!
これはもうぼくのものなのです!!」
そういっておしゃれサンはげこっと飛んで行ってしまった。
「そんなつもりじゃないのよ!!」
私はびっくりしておしゃれサンの後姿に叫んだ。
「そんなつもりじゃないのよ!!」
げこっとおしゃれさんがないた。

おしゃれサンに2度目に会ったのは今年の1月のことだった。
3月の花々が美しく木になりたわわな木の実をつけていた。
おしゃれサンは私の家の前にいた。
がらっと開けたらすぐ目の前にいるもんだから
驚いてちょっと叫んでしまった。
おしゃれサンはしげしげと自分の2本の指を見ていた。
「・・・・そこで・・・なに・・・してるの?」
「・・・・」
おしゃれサンは私に向き直って真剣な顔で言った。
「この指をお返しします。
私は間違っていました。
貴方が欲しいと言ったなら
素直に渡すべきでした」
「私、そんなつもりじゃ」
全てを言わさずにおしゃれさんは私の腕に飛び乗り、
2本の指をくっつけた。
「げこ」
「待って!」
おしゃれサンはそのまま私の静止の声も聞かずに飛んで行ってしまった。

そして今、お父さんの指が私についている。
私はぎゅっぎゅと花火の玉に花火の素を詰めた。
父の指で。
おしゃれサンの指で。
『あそこには近づいちゃ行けませんよ』
母の言葉が思い出される。
父が爆発したときに、封鎖された花火の部屋。
ぎゅっぎゅと玉をつめるたびに
ぎゅっぎゅと砂の音がする。
おしゃれサンはきっと大事にこの指を使ってくれていたのだろう。
ぎゅっぎゅっぎゅ。
ぎゅっぎゅっぎゅ。
思い出があちらこちらから流れてきて私を虜にする。
おしゃれサンの泣き声。父の飛び散った音。
ぎゅっぎゅっぎゅ。
ぎゅっぎゅっぎゅ。
「・・・できた」
全てつめた。何かを達成した爽快感があった。
私はおしゃれサンを探して、花火をごろごろ転がした。
「おしゃれサン」
呼んでも返事は無い。
でもきっと、この近くにいるはずだ。
「おしゃれサン、見ててね、これが最後、だからね」
げこ。っとどこかで声が聞こえた。
私は導火線にオレンジ色に熱い火をつけた。
どーん。
飛び散りながら私は思った。
ちる、ちれ、ちり、ちり。
かつて無い快楽を感じて
肉片のひとつひとつが震えた。
七色の破片になっていく私を誰が止められるだろう。
げこ。っとどこかで声が聞こえた。
父の指も残さず飛んだ。
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